マレーシアより愛をこめて 第7回
ガスパールを愛したロビー
ワンコインで借りる、
ASAI HOTELのロビー
スタバから無料トラムで一駅、MacBookを開いてみた
第1回では、まだ何もない街に、なぜタイのホテルがやってきたのかを書いた。来た理由は、もう分かっている。分からないのは、その賭けが当たるかどうかだ。というわけで MacBook を抱えて、ご近所の ASAI HOTEL Gamuda Cove のロビーへ様子を見に行ってきた。
予告は、また裏切る
前回「コーヒーチェーンの話はまた次回に」と書いた。すまない、今回はチェーンではないコーヒーの話だ。予告編を出したまま寝かせるのは、どうやらこのコラムの伝統になりつつある。チェーンの話は、もう少し寝かせて熟成させたい。
スタバから、無料トラムで一駅
普段の仕事場は、近所のスターバックスである。そこから第3回で写真を載せたレトロな電動トラムに乗って一駅。運賃はタダだ。タダより高いものは無いと言うが、このトラムに限っては本当にタダである。降りればもうホテルの前で、通勤時間はコーヒーが冷めるより短い。スープの冷めない距離ならぬ、コーヒーの冷めない距離だ。
コーヒー1杯、12.5リンギ
ロビーのカフェで頼んだコーヒーは、1杯12.5リンギ。日本円にしておよそ485円(2026年10月の相場、1リンギ=約38.8円で換算)。ワンコインで、15円のおつりが来る計算だ。
いつものスタバは9.9リンギなので、差額は2.6リンギ、日本円で約100円。さて、この100円で何が買えるのか。
答えは空間だ。天井は高く、ソファは深く、Wi-Fi は速い。テラスに出れば、湖と緑の向こうまで見渡せる。隣の席との距離もスタバの何倍もある。正直に言えば、コーヒーの味の差より空間の差のほうが圧倒的で、約100円でホテルのロビーを丸ごと借りていることになる。これを贅沢と言わずに何と言おうか。
タイ式の、おしゃべり
もうひとつの収穫は人だった。タイ人のゲストリレーションの方が、通りがかるたびに声をかけてくれて、気づけば世間話に花が咲いている。短い世間話でも、気分は不思議と軽くなるものだ。
マレーシアの気楽さと、タイのホテルらしいにこやかなもてなし。ここはその両方のいいとこどりである。第1回で書いた「ご近所にタイのホテルがやってきた」の意味が、ようやく肌で分かった気がする。
気分転換に困らないオフィス
そしてこのオフィスは、気分転換の選択肢にも事欠かない。
ロビーには籐の吊り椅子、奥にはビリヤード台、テラスには天蓋付きのデイベッド、カーテンに囲まれた大テーブルまである。
集中して仕事を片付けたら、席を移って頭を切り替える。オフィスの中を散歩出来るのは、ホテルのロビーならではの贅沢だろう。
商売の目で見ると
職業柄、少しだけ商売の話をしたい。ホテルのロビーというのは、昼間がいちばん空く場所だ。宿泊客はチェックアウトして出かけ、次の客はまだ来ない。その空いた時間と空間を、コーヒー1杯の値段で近所の人間に開放する。12.5リンギはコーヒー代というより、ロビーの入場券なのだと思う。
スターバックスは、家でも職場でもない「第三の場所」を創って世界に広がった。そのスタバから一駅先で、ホテルがもっと上等な第三の場所を売っているわけだ。しかも通ってくる住民は、いずれ家族の会食や、遠くから来る友人の宿泊に、このホテルを選ぶかもしれない。昼間のロビーで常連を育てるのは、地元に根を張るいちばん地道で確実な方法である。
賭けの行方は、街とホテル次第
私が行った平日の昼間、ロビーはほぼ貸し切りだった。利用者としては、正直このまま空いていて欲しい。だが近隣住民の私としては、もっと人に来て欲しい。なんとも複雑な心境である。
この賭けが当たるかどうかは、二つのことで決まると思う。ひとつは街の成長だ。Gamuda Cove の住民は2030年には10倍以上に増える見込みで、ご近所さんが増えれば、ロビーで働く人も、家族で食事をする人も、自然に増えていくだろう。
もうひとつはホテルのマーケティングだ。平日の昼にロビーが空いているのは、ここでコーヒー1杯で働けることが、まだあまり知られていないからかもしれない。住民に向けて、ロビーの使い方をどう伝えていくのか。街の成長を待つだけでなく、ホテルの側から常連を創りにいけるかどうかが、勝負の分かれ目だろう。
私に出来るのは、通い続けて、その行方をここに書くことくらいだ。どうやら、通う理由が出来てしまった。