マレーシアより愛をこめて 第23回
ユー・ガット・ガスパール
マレーシアにアップルストアが
無かったころ
TRXに本家が来た日、販売店はどうなったか
マレーシアのモールに光る、リンゴのマークの白い店。長いあいだ、この国でアップルの顔だったのは、本家ではなく、正規の販売店だった。シンガポールでは、本家の直営店が来た翌年に、販売店の老舗が倒れた。では、TRXに本家が来たマレーシアでは、何が起きたのか。
リンゴのマークの、正規の販売店
マレーシアのショッピングモールを歩くと、リンゴのマークが光る白い店がいくつもある。MachinesやSwitchといった、アップルの正規の販売店である。売っている物は本家と同じで、値段も同じ。違うのは、店を営んでいるのがアップル自身ではない、という一点だけだ。
マレーシアでは長いあいだ、この正規の販売店が、アップルの顔だった。本家の直営店が来る直前には、「もう、たくさんあるじゃないか」という声に答えて、販売店と直営店の違いを説明する記事が、いくつも出たほどである。
シンガポールのiStudio
2011年ごろ、シンガポールに住んでいた私は、アップルの製品をiStudioという販売店で買っていた。当時は、シンガポールにも本家の直営店が無かったのだ。日本には2003年から、アップルがアメリカの外で初めて開いた銀座の店があるのに。販売店で新しいiPhoneを受け取りながら、本家の無い国の、ちょっとした物足りなさを感じていた。のれん分けの店でラーメンをすするようなものである。味は同じでも、いつか本店でも食べてみたくなる。
シンガポールの販売店の老舗は、EpiCentreだった。2002年に始まった、アジアで最初の正規の上級販売店で、最盛期にはシンガポールに9店、マレーシアにも店を構えていた。アップル好きなら、誰もが一度は通った店である。店の名前は、英語で「震源地」。その震源地が、やがて本家の上陸で、自分が揺れることになる。
本家がやって来た
2017年、オーチャード・ロードに、シンガポール初のアップルストアが開いた。
その翌年、老舗のEpiCentreは、売上が大きく落ち込み、アップルとの販売店の資格も更新されなかった。そして、4つの店とネットの店を、ライバルのiStudioに、わずか51万シンガポールドルほどで売り渡した。本家が来た翌年に、老舗が倒れたのである。
本家の勢いは止まらない。2020年には、マリーナベイ・サンズの水の上に、球形のアップルストアまで浮かべてみせた。
TRXに、本家が来た
クアラルンプールに本家が来たのは、2024年6月22日。場所は、新しい国際金融街のTRXにある、ショッピングモールのエクスチェンジだった。開業前の合言葉は「Jom!」。マレー語で「さあ、行こう」という意味である。あのアップルにしては、ずいぶん人なつこい挨拶だ。開業の朝には、千人を超える行列ができた。みんな、素直に「行った」のである。
TRXは、クアラルンプールが国の顔として作った、新しい金融街である。第21回で、昔「なんだかかっこいい金融の街」という理由だけでラッフルズ・プレイスに憧れた話を書いた。その私の目には、TRXは、クアラルンプールのラッフルズ・プレイスに見える。ミーハーな気持ちは、14年たっても治らない。
TRXは、お金の集まる街でもある。ある日のTRXを、3枚の写真で歩いてみる。
モールの屋上階、パーク・レベルにあるラーメン店、豚麺処 官兵衛では、つけ麺と餃子で、日本円にして3,000円を超える。日本の感覚なら目をむく値段だ。それでも店は、マレーシアの富裕層で満席だった。戦国の名軍師と同じ名を持つ店が、TRXの客の胃袋を、見事に攻め落としている。ラーメンが高級料理になる街。それが、今のTRXである。
銀行も、この街に集まっている。HSBCは、2022年にマレーシアの本社を、TRXのメナラIQに移した。ビルの上の階には、上位の顧客向けのラウンジもある。
ちなみに、第22回で使ったiPhone Duoの写真も、このTRXの店で、発売の日に撮られたものだった。私は買わなかったが。
先回りした販売店
では、マレーシアの販売店はどうなったか。シンガポールの老舗の二の舞いになったのかというと、そうではなかった。
マレーシアの販売店は、本家が来る前に、先回りして店の格を上げていた。Machinesは2022年、クアラルンプールのパビリオンに、東南アジアで初めての「Apple Premium Partner」の店を開いた。アップルの認定を受けた担当者がいる、ひとつ上の格の店である。そして、本家がTRXに来る2024年6月までに、その上位店を5店に増やしていた。Switchも、2023年7月に、サンウェイ・ピラミッドに同じ格の店を開いた。本家の足音が聞こえた時点で、先に靴を磨いておいたのである。
本家がやって来ても、街には今も、MachinesやSwitchの白い店が光っている。本家か販売店かより、近くにあるかどうか。地元の客は、案外そこで店を選んでいる。
商売の目で見ると
この話は、アップルに限らない。海外ブランドの代理店や販売店をしている会社なら、いつか「本家が直接やって来る日」が来る。日本でも、海外ブランドの日本法人ができて、長年の代理店が契約を切られる話は珍しくない。シンガポールとマレーシアの明暗から、ここから学べることを三つ挙げておく。
一つ目。本家と戦うのではなく、本家の側に入ること。マレーシアの販売店は、本家が来る前に、アップルの認定を受けた一段上の店に格上げした。本家から見れば、追い出す相手ではなく、組む相手になったのである。シンガポールの老舗は、最後は本家に資格を更新してもらえなかった。
二つ目。本家が来ない場所を押さえること。シンガポールとマレーシアの明暗を分けた、いちばん大きな違いは、実は国の広さかもしれない。シンガポールは、東京23区より少し広いくらいの国である。そこに本家のアップルストアが、オーチャード・ロード、チャンギ空港のジュエル、マリーナベイ・サンズと3つもあれば、国じゅうどこからでも、電車ですぐに本家に行ける。販売店の逃げ場は、どこにも無かった。
一方、マレーシアの国土は、日本の9割近くもある。本家のアップルストアは、今もTRXの1店だけだ。2026年8月には、アップルがプトラジャヤで店のスタッフを22人募集していると報じられ、2号店はプトラジャヤではないかと噂になっている。私がSwitchを撮った、あのアラマンダのある町である。候補地として名前が挙がっているIOIシティモールには、すでにMachinesの上位店がある。本家の足音は、販売店のすぐそばまで来ている。それでも、2号店ができて、国じゅうでやっと2店だ。日本ほどの広さの国に本家を並べるのは、さすがのアップルにも割に合わない。販売店は、プトラジャヤのアラマンダのような、本家がまず出てこない郊外のモールや地方の町に、すでに店を構えている。家の近くで買えるなら、わざわざクアラルンプールの都心まで行かない客は多い。マレーシアの販売店には、勝ち残る道が十分に残っている。
三つ目。値段と品ぞろえで勝負しないこと。同じiPhoneは、どこで買っても同じ値段である。本家と同じ物を同じ値段で売るなら、客は本家に行く。差がつくのは、修理の早さ、会社向けのまとめ買い、顔なじみの店員といった、本家がやりにくい手間の部分だ。シンガポールの老舗は、そこで差をつけられないまま、本家と同じ客を取り合って負けた。
まとめれば、本家の上陸は、代理店にとって死刑宣告ではなく、予告編である。来ると分かっているなら、準備はできる。
ユー・ガット・ガスパール
映画『ユー・ガット・メール』では、大型書店チェーンが近所に開店し、メグ・ライアン演じる店主の小さな絵本の店が、やがて店を閉める。本家と販売店の話も、だいたいこの筋書きで終わるものだと思っていた。
ところが、マレーシアの販売店は、店を閉めなかった。本家のすぐそばで、今日も白い店を光らせている。小さな店が、大きな店に負けない方法はある。その答えは、映画よりも、クアラルンプールのショッピングモールのほうに書いてあった。
ちなみに、iPhoneを買わないと決めた私も、Macは別腹である。第17回で書いたとおり、Macには、なかなかの金額を、懲りずに注ぎ込んでいる。今もTRXの店に注文を入れていて、受け取りの日を指折り数えているところだ。TRXの店にはしょっちゅう通い、シンガポールに行けば、オーチャードやマリーナベイの店にも寄る。本家にとって私は、iPhoneを買わない、少し変わった常連客なのだろう。
本家の店でも、販売店でも、リンゴのマークを見ると、つい足が向く。私の財布は、どちらの前でも、だいたい同じように緩むのである。