マレーシアより愛をこめて 第22回
ガスパールの卒業
iPhone Duoは、買わない
折りたたみを50台使った私が、折りたたみをやめたら幸せになった話
8年間で50台を超える折りたたみスマートフォンと付き合ってきた。そして、ついに別れた。話題のiPhone Duoにも、戻らない。そうしたら、幸せになった。
折りたたみからの卒業
日本語の「卒業」には、好きだったものから潔く離れる、という意味もある。アイドルから卒業する。夜更かしから卒業する。
私は、折りたたみスマートフォンから卒業した。在学期間は、ざっと8年。付き合った機種は、50台を超える。その半分以上は、日本では発売されていない。親に紹介できない恋人ばかりだった。
50台の元恋人
最初の恋人は、2018年に世界で初めて売り出された折りたたみだった。今とは逆に、画面を外側にして折りたたむ。閉じても顔がむき出し、という大胆な人だった。作った会社は、その後あっさり破産した。最初の恋は、だいたい長続きしない。
それから8年、新作が出るたびに付き合った。開けば画面が倍になる。人に見せれば、必ず「おお」と言われる。50回くらい「おお」と言われた。
卒業の直前まで付き合っていたのは、OPPO Find N6、Galaxy Z Fold8、Xiaomi 18 Foldの3台。どれも、その年いちばんの出来だった。別れは、案外いちばんいい時期に来る。
別れの理由
別れてみて、分かったことがある。
まず、開かなくていい。一日何十回の開け閉めから解放された指が、驚くほど暇そうにしている。
次に、軽い。2枚分の画面と蝶番を持ち歩かなくていい。ポケットが一段、浮き上がった気がする。
そして、電池が持つ。夕方に充電できるカフェを探してさまよう、あの小さな漂流が無くなった。
決定的だったのは、世の中のアプリやWebサイトが、ほとんど縦長の画面のために作られていることだ。正方形に近い大画面で開くと、左右に余白がぽっかり空く。私は8年間、世界の設計図と逆向きに暮らしていたのである。
3台持ちの男
写真家としては、もう一つ不満があった。折りたたみは、薄さと引き換えに、カメラがどうしても控えめになる。そこで写真用に、1インチの大きなセンサーを積んだスマートフォンも持ち歩いた。一時期は、ポケットに3台。ちょっとした携帯ショップだった。
ある日、ふと思った。中判でもフルサイズでもないのに、なぜ私は1インチにこだわっていたのだろう。小さい者どうしの背比べである。そう思ったら、肩の力が抜けた。
新しい本命
そこへ現れたのが、OPPO Find X9 Ultraだ。気になったのは、センサーの大きさより、ハッセルブラッドの色だった。中判カメラの名門の色を、ポケットの1台で持ち歩ける。
写真家として、これは大きい。少し前まで、スマートフォンの写真はメモ書きで、作品はカメラで撮るものだった。今は、ポケットの1枚がそのまま作品の候補になる。第7回のASAI HOTELの写真は、実は全部これで撮った。カメラは家でお留守番だった。
動画や本はHuaweiのタブレット、腰を据えた仕事はMacBook。全部を1台に背負わせるのをやめたら、それぞれの道具が急に機嫌よくなった。十徳ナイフで料理をするより、包丁とまな板のほうが楽なのである。
iPhone Airは、銀行のアプリだけを入れて、自宅かホテルに置いておく。名前どおり、空気のように軽い金庫だ。持ち歩くのは、1台だけ。ポケットの携帯ショップは、閉店した。
iPhone Duoと、ガラパゴス
そうこうするうちに、アップルもついに折りたたみを出した。iPhone Duoである。友人のものを借りて開いてみた。そして、すぐに閉じた。私にはもう、要らない。
断っておくと、私は根っからのアップル好きである。2008年にソフトバンクがiPhoneを日本で売り出す前から、初代iPhoneを電話ではなく、予定や連絡先を持ち歩く端末として使い始めた。それから、iPhone 17 Pro Maxまで、全部買ってきた。
その私が、iPhone Duoはおろか、iPhone 18 Pro Maxも買うつもりがない。かつてのiPhoneは、技術の挑戦者だった。今は、中国のブランドが4年ほど前に通った道を、無難に後から歩いている。少なくとも、私の目にはそう見える。アップルが「まったく新しい」と胸を張って発表するものの多くは、私には、ずいぶん昔の話に聞こえてしまう。大げさに言えば、1世紀くらい前の話である。50台の折りたたみと付き合った男の時計は、どうやら少し早回りしているらしい。
日本では「36万円は高すぎる」という声が多いらしい。けれど世界40か国で比べると、日本は5番目に安い。そもそも中国で売れている高級スマートフォンの多くは、高すぎて日本にやって来ない。日本の「高い」は、少しだけガラパゴスなのである。もっとも、50万円を超える3つ折りを何度も買ってきた私の物差しは、とっくに折れ曲がっているのだが。
それでも、世界でいちばんたくさん折りたたみを開いて閉じてきた一人として(たぶん)、心からエールを送りたい。皮肉ではない。元恋人の幸せを願うのは、別れ話の正しい結び方である。
ガスパールの卒業
映画『卒業』の最後、花嫁を連れ出した二人はバスに飛び乗る。最初は笑っているのに、走り出すにつれて、だんだん「これでよかったのか」という顔になっていく。
私の卒業は、今のところ笑顔のままだ。開かなくていいスマートフォンは、思っていたより、ずっと気楽だった。
これからも、新しい折りたたみが出たら、一度は手に取ると思う。元恋人の新作は、やはり気になる。手に取るだけである。たぶん。。。