マレーシアより愛をこめて 第14回
ガスパールの休日
「マレーシアは休みばかり」は
本当か
東南アジア6か国と日本で比べたら、3位だった
この原稿を書いている10月26日、月曜日。セランゴール州は休みである。スルタンの即位25周年を祝う、銀婚式の振替休日だ。銀婚式といっても、誰かが結婚したわけではない。王様が王様になって25年、という意味である。お祝いの本番は前の日の日曜日だったので、月曜日が休みになった。マレーシアに住んでいると、こういう休みが、ある日ふっと降ってくる。
休みは、ある日ふっと降ってくる
スルタンとは、州の君主のことだ。マレーシアには、スルタンや王の居る州が九つある。セランゴールのスルタンは、2001年に即位した。それから25年。めでたい。めでたいので、州じゅうが休みになった。
今年のセランゴールは、これが初めてではない。9月1日も休みだった。全国スポーツ大会「Sukma」で、セランゴールが総合優勝した記念である。運動会で優勝したら、休みが1日増える。小学生なら泣いて喜ぶ制度だが、これは州政府の話だ。もっとも、休みになったのは州の公務員で、民間の会社は各社の判断に任された。つまり、取引先に電話をかけてみるまで、相手が休みかどうか分からない。マレーシアの祝日は、ときどき推理ゲームになる。
3月には、ハリラヤの前の金曜日が、追加の祝日になった。こちらは全国だ。結局、今年のセランゴールでは、年の途中で決まった休みが3日ある。年の初めに Google カレンダーへ祝日を取り込んで、安心している人は、この国では負ける。祝日のほうが、あとから勝手に増えるのだ。予定は、いつでも動かせる「仮」で入れておくに限る。
多宗教の国は、祝日も多宗教
マレーシアの祝日の一覧は、宗教の見本市のようだ。イスラムの断食明けを祝うハリラヤに、犠牲祭のハリラヤ・ハジ、預言者の生誕祭。華人の旧正月。ヒンドゥーのディーパバリ。仏教のウェサク。キリスト教のクリスマス。そこに、独立記念日、マレーシア・デー、国王の誕生日、各州のスルタンの誕生日が加わる。
マレー系、華人、インド系。それぞれの一番大事な日を、国じゅうで一緒に休む。考えてみれば、とても平和な仕組みである。誰かの祭りの日は、みんなの休みの日なのだ。私の知る限り、他人の宗教の祝日にこれほど素直に感謝している国民は、なかなか居ない。
しかも、州によって休みが違う。ヒンドゥーの祭り、タイプーサムは、セランゴールやクアラルンプールでは休みだが、休みでない州もある。週末まで違う。ケダ、クランタン、トレンガヌの3州は、金曜と土曜が週末で、日曜は平日だ。だから日曜の祝日の振替も、この3州には無い。同じ国の中で、月曜の朝の気分が、州境で変わるのである。
数えてみたら、3位だった
さて、本当に休みばかりなのか。数えてみた。比べるのは、2026年に平日に休める日数だ。土日に重なった祝日は、もともと休みなので数えない。振替休日と、臨時の休みは数える。比べたのは、東南アジアの主な6か国(インドネシア、タイ、マレーシア、フィリピン、ベトナム、シンガポール)と、日本の7か国だ。どの国も、同じ基準で数え直した。
結果、マレーシア(セランゴール州)は19日で、7か国中の3位だった。1位はインドネシアの21日。政府が決める一斉休暇(cuti bersama)が効いている。2位はタイの20日。休みばかりだと思っていた国は、休みの銅メダリストだったのである。表彰台には乗っている。ただ、金ではない。
面白いのは日本だ。17日。マレーシアとの差は、たった2日しかない。日本の国民の祝日は、2026年で16日。今年は9月に、敬老の日と秋分の日に挟まれた火曜日まで休みになり、シルバーウィークがある。「マレーシアは休みばかりで」と日本でぼやく前に、日本人は自分のスマートフォンのカレンダーを見たほうがいい。私も見た。人のことは言えなかった。
ちなみに一番少ないのは、シンガポールの10日。長く住んでいた身として、愛を込めて書いておく。あの国は、休みまで効率がいい。
祝日は2日、おやすみモードは2週間
では、何故こんなに休みばかりに感じるのか。答えは、祝日の数ではなく、長さにある。祝日は2日でも、街の「おやすみモード」は、その何倍も続くのだ。
旧正月がいい例だ。今年の旧正月は2月17日と18日で、祝日は2日。ところが学校は、教育省が3日の休みを上乗せした。セランゴールなどの公立校では、週末と合わせて2月14日から22日まで、9連休になった。しかも、この上乗せ分は、後で授業を補わなくてよい、と決まっている。休んだ分は、そのまま休みである。
街は、もっと長い。華人の店や工場は、1週間ほど閉まる。取引先も止まる。行きつけの店のシャッターには、赤い紙と一緒に再開の日付が貼ってあり、その日付が思ったより先だったりする。ショッピングモールでは、正月の歌が繰り返し流れ、気づけば私も口ずさんでいる。15日目の元宵節までは、なんとなく正月の空気が続く。体感では、2週間はおやすみモードだ。
今年はさらに、旧正月とほぼ同時に、断食月(ラマダン)が始まった。華人は正月で休み、ムスリムは断食に入る。二つの大きな行事が、ぴったり背中合わせになった。
ハリラヤは、もっと長い。断食月の1か月は、仕事のペースが少しゆっくりになる。夕方になると、あちこちにラマダン・バザールが立ち、日没後の食事のための料理が、ずらりと並ぶ。断食をしていない私まで、夕方になると、なんとなくお腹が空いてくる。
そして断食明けのハリラヤ。今年は3月21日と22日で、土日に重なった。代わりに金曜日が追加の祝日に、月曜日が振替休日になり、大人は4連休になった。
学校は、さらに上を行く。セランゴールなどの公立校では、もともと教育省の追加の休みが19日と20日に入っていた。そこへ3月10日になって、18日も休みにする、と発表された。続けて1学期の学期休みが21日から29日まである。合計すると、3月18日から29日まで、12連休だ。子どもが小学生の家では、この「後から延びる」が、一番こたえる。
街では、みんなが田舎に帰る。マレー語でバリック・カンプン(故郷に帰る)という。高速道路は大渋滞になり、クアラルンプールは空っぽになる。一年で一番運転しやすい1週間である。
ハリラヤのあとも、オープンハウスと呼ばれる、家や会社を開いてのお祝いが1か月ほど続く。ラヤ菓子の入った瓶が、あちこちの机に並ぶ。断食月から数えれば、おやすみモードは約2か月だ。
グラフにすると、こうなる。祝日の短い棒の先に、学校の休みと、街の空気の長い棒が伸びている。この差こそが、「休みばかり」の正体である。
小学生2人に、振り回される
私の場合、体感をさらに長くしている理由がある。小学生の子どもが2人居るのだ。祭りのたびに、学校が休みになる。学校が休みになれば、家の予定がまるごと動く。出張の日程を組み直し、打ち合わせを前後にずらす。祝日の一覧より、学校の暦のほうが、よほど私の一年を決めている。
ついでに、学校が一年に何日休むかも数えてみた。365日から、年間の登校日数を引いただけの、ごく単純な計算だ。
マレーシアの公立校と、日本の公立校は、ほぼ同じだった。祭りのたびにまとめて休んでいるのに、一年で見れば、ちゃんと帳尻が合っている。休みが多いのではなく、休みが固まっているのだ。
一番休むのは、インターナショナルスクールだった。日本の公立校より、3週間以上多い。グラフに1年の半分の線を引いてみたら、インターの棒だけが、その線を越えた。1年のうち、学校に行く日より、行かない日のほうが多いのである。インターは、マレーシアの祝日を全部は休まない。アメリカ式の ISKL では、タイプーサムとウェサクの日も普段どおり授業がある。そのかわり、夏休みが2か月近くある。うちの子どもたちが通っているのも、インターナショナルスクールだ。父の Google カレンダーが「仮」の予定だらけになるのも、無理はない。
子どもたちは、休みが延びたと聞くと、理由も聞かずに喜ぶ。私は、理由を聞いてから Google カレンダーを開き、出張の予定を引っ越しさせる。同じ知らせで、家の中の反応はきれいに二つに分かれる。
もう一つ、地味にこたえるのが、店も休むことだ。旧正月には、いつもの麺の店が閉まっている。ハリラヤには、いつもの屋台の主人が田舎に帰っている。休みの日ほど外で食べたいのに、休みの日ほど店が無い。祝日の昼に開いている店を探すのは、ちょっとした宝探しである。
学校の休みがこれだけ多いと、親としては少し不安になりそうなものだ。だが、私はあまり心配していない。マレーシアで学ぶということは、学校に頼る話ではない、と思っているからだ。
街に出て、祭りに混ざる。いくつもの言葉と、いくつもの宗教のあいだで暮らす。自分と違う人を、許すこと。決まりどおりにいかないことを、笑って受け流すこと。誰とでも、仲良くなること。教室では教わらないことを、この国は、休みの日に教えてくれる。
だから、英語を学ぶためだけにマレーシアに来るのは、少しもったいない、と私は思っている。もちろん英語も身につく。ただ、それはおまけのようなものだ。この話は、次回、ゆっくり書きたい。
商売の目で見ると
職業柄、ここから学べることを三つ挙げておく。
一つ目は、祝日の一覧より、学校の暦を見ることだ。祝日の日数だけなら、マレーシアと日本は2日しか違わない。ところが、学校と街の休みは、祝日の何倍も長い。社員が家族と暮らしていれば、休みの申請は学校の暦に合わせてやってくる。マレーシアで人を雇う会社は、祝日の一覧と一緒に、教育省の学年暦も壁に貼っておくといい。
二つ目は、州ごとに暦が違うことだ。祝日も、週末も、州で違う。いくつもの州に拠点や取引先がある会社では、こちらは営業日、隣の州は休み、という日が普通にある。納期は、相手の州の暦で数えないといけない。
三つ目は、臨時の休みを、最初から見込んでおくことだ。今年のセランゴールのように、年の途中で休みが3日増えることもある。予定には、少し余白を残しておく。逆に言えば、旧正月とハリラヤの前は、一年で一番ものが売れる時期でもある。休みの多い国は、休みの前が書き入れどきなのだ。
ガスパールの休日
映画『ローマの休日』の王女は、公務を抜け出して、たった一日の休日を楽しむ。マレーシアは逆だ。王様のお祝いで、国民のほうが休みになる。王様は公務、国民は休日。こちらのほうが、よほど平和な脚本である。
あの映画には、嘘つきが手を入れると噛まれる「真実の口」が出てくる。マレーシアにも一つ欲しい。手を入れたら、来年の臨時休日を、正直に全部教えてくれる口だ。
さて、来月はディーパバリである。今年は11月8日の日曜日にあたり、翌日の月曜が振替休日。セランゴールなどの公立校では、教育省の上乗せで、火曜も休みになる。子どもたちは、もう壁のカレンダーに丸を付けている。私も Google カレンダーに予定を入れた。もちろん、「仮」で。
映画の最後、王女は記者会見で、一番印象に残った街はどこかと聞かれる。王女は迷わず、ローマと答える。私も、一番休みの多い国はどこかと聞かれたら、迷わず答える。数えてみたら3位だったが、体感では断然1位だ。マレーシアです。何と言っても、マレーシアです。