マレーシアより愛をこめて 第12回
ガスパール ダイソー・アナザー・デイ
330円のベルトが、
RM17.70(約690円)になる店
東マレーシアのダイソーで、日本の安さを知る
東マレーシアのダイソーで、ベルトを買った。値札に、日本の値段が残っていた。300円、税込330円。その上に、マレーシアの値札が貼ってある。17.70リンギット、約690円。ほぼ2倍だ。日本の値札が、横から「本当はこの値段なんですけどね」と、小声でささやいてくる。高い、と言いたいところだが、話はそう単純ではなかった。
お化けと、州旗
店に入ると、天井からお化けがぶら下がっていた。ハロウィンの飾りだ。オレンジのかぼちゃ、黒い布、白い幽霊。その間に、なぜかサラワクの州旗が一枚、混ざっている。お化けに囲まれても、郷土愛は忘れない。さすがサラワクである。
売り場は広くて明るい。案内板は英語、中国語、韓国語、そして日本語。4か国語で「ここはキッチン用品です」と教えてくれる。日本語の案内板がある店は、マレーシアでもそう多くない。日本人としては、ちょっと実家に帰ったような安心感がある。
日本語のまま、売れる
飴の棚の前で、足が止まった。塩レモン、塩とまと、シャインマスカット、温州みかんののど飴。パッケージは、日本語のままだ。一文字も訳されていない。マレーシアの客の多くは、たぶん読めない。それでも、売れる。読めない日本語が、そのまま「日本製」の看板になっているからだ。のど飴だけに、日本語もよく効く。
砂糖の入っていない缶コーヒー
買い物かごには、コーヒーも入れた。3杯分のドリップコーヒーと、缶コーヒーのブラック。マレーシアは、実はコーヒーの産地だ。ただ、地元で育つのは主にリベリカ種やロブスタ種で、アラビカ種は輸入品。数はまだ少ない。コーヒーの産地に住みながら、アラビカを探しに100円ショップへ行く。正確には、5.90リンギットショップへ。
缶コーヒーのほうは、もっと切実である。マレーシアには、そもそも缶コーヒーが少ない。あっても、必ず砂糖が入っている。
マレーシアの「レスシュガー」は、砂糖が溶けるぎりぎりの限界まで入っている。「ノンシュガー」は、元の甘さはそのままに、店の人が追加で砂糖やシロップを足さない、という意味である。半分は冗談だが、半分は本当だ。
だから、砂糖の入っていない日本の缶コーヒーのブラックは、貴重品である。それがダイソーなら、5.8リンギットほどで買える。砂糖が入っていないのに、この値段。この国では、ほとんど奇跡だ。
飴も、お茶も同じだ。ノンシュガーやカロリーオフの飴、無糖のお茶を、いくつもの選択肢から、さっと、安く買おうと思うと、ダイソーのほかに選択肢は無い。クアラルンプールのモントキアラのような、日本人の多い街なら、ほかの店でも手に入るかもしれない。ただ、たぶんもっと高い。さっきの飴の棚に「ノンシュガー」「カロリー25%オフ」が並んでいたのも、偶然ではない。甘い国で、甘くないものを売る。安売りの店が、まず置かないものを、ダイソーは置いている。
330円が、17.70リンギット
さて、ベルトの話だ。見た目はレザーで、安物感は無い。ちょうどベルトに困っていたので、大満足の買い物だった。
家に帰ってタグの裏を見ると、材質の欄にはポリウレタンと書いてあった。レザーではなかった。それでも満足しているのだから、これはもう、ポリウレタンの勝ちである。
ただ、ベルトの値札が正直すぎた。日本の値札が、そのまま付いている。300円、税込330円。その上から、17.70リンギット、約690円の値札が貼ってある。ほぼ2倍だ。隠す気が、まったく無い。この正直さは、嫌いではない。
隣の棚の紙のかごも、300円の値札の上に17.70リンギット。タグの裏には、やはりポルトガル語と「MADE IN CHINA」がある。計算してみると、17.70リンギットは、5.90リンギットのちょうど3つ分だ。日本の値段を100円で割って、5.90リンギットを掛ける。電卓すら要らない。
普段の商品も、同じ倍率だ。多くの商品が5.90リンギット、約230円。日本の110円の、やはり約2倍である。この値段は、2017年に5.30リンギットから上がって、いまの5.90リンギットになった。それから9年、ずっと5.90リンギットのまま。日本の100円と同じくらい、こちらも頑固だ。
原価だけでは、値段は決まらない
原価だけを見れば、日本より高くなる理由は無い。日本で売るものも、マレーシアで売るものも、多くは同じように海外の工場で作られている。むしろ、中国に近く、食料品から車まで、あらゆるものを中国から輸入しているマレーシアのほうが、中国からの輸入コストは日本より安いかもしれない。それでも、値段は2倍になる。
シンガポールに長く住み、香港にも2年ほど暮らしたので、この仕組みはよく知っている。シンガポールでは、家賃の請求書を見るたびに体で覚えた。値段を決めるのは原価ではなく、家賃と人件費と、その国の財布だ。マレーシアは、15年前のシンガポールによく似ている。ちなみにシンガポールのダイソーは、2003年の開店から2022年まで、19年間ずっと2ドルだった。消費税の分まで、店がかぶっていたのだ。最後は力尽きて、いまは2.18ドルからである。
シンガポールや香港で見てきた、華人の商売の基本がある。高く売れるなら、売れるだけ高く売る。原価は関係ない。悪口ではない。値段は市場が決める、という、とても合理的な考え方だ。
ダイソー自身も、そう白状している。2020年の記事で、幹部はこう語っていた。アジアの国々では、人件費と賃料が大きく上がった。関税の低い台湾でも1品約180円で、日本との差の約80円は、ほとんどが人件費だという。中国から仕入れる商品もあるのに、中国の店(約160円)より、日本の店のほうが安い。
別の記事には、もっとはっきり書いてある。日本の客は、安くなければ買わない。だから、ほかの国では200円で売る商品を、日本でだけ100円で売っているのだ、と。
つまり、マレーシアが高いのではない。日本が、安すぎるのだ。330円の値札を付けたまま海を渡ってきたベルトが、それを身をもって教えてくれた。
安売りの隣で、倍の値段
マレーシアには、もっと安い店がある。最大の均一価格チェーンの Eco-Shop は462店を構え、値段は西マレーシアで2.60リンギット、東マレーシアで2.80リンギット。ダイソーの半分以下だ。安売りの店でも、海を渡った東マレーシアでは、0.20リンギット(約8円)高くなる。この8円は、たぶん船賃だ。ホームセンター型の MR.DIY は、国内だけで1,610店(2026年6月時点)。看板には「Always Low Prices」、いつも安い、と書いてある。
並べてみると、面白いことに気づく。日本のダイソーの110円は、約2.84リンギット。東マレーシアの Eco-Shop の2.80リンギットと、ほぼ同じだ。日本のダイソーは、マレーシアで一番安い店と同じ値段で売っていることになる。日本の100円ショップがマレーシアに来たら、堂々の最安値チェーンである。
ちなみに MR.DIY の商品は、約7割が中国からの仕入れだという。そして東マレーシアの店は、競合が少ないぶん、売上が普通の店の最大2倍に達するところもあるそうだ。海の向こうは、まだ空いている。
ダイソーは、その隣で倍の値段を付けている。安さでは勝負していないのだ。売っているのは、日本の品質と、日本の顔である。値札の「330円」まで含めて。
商売の目で見ると
職業柄、ここから学べることを四つ挙げておく。
一つ目は、値段の決め方だ。値段を原価で決める人は多い。原価に利益を乗せて、売値にする。だが、ダイソーの値段は、そうは決まっていないように見える。モールの家賃や人件費はもちろん、隣に並ぶ Eco-Shop や MR.DIY との釣り合い、その中での競争力、そして「日本」というブランドの力。それらを見ながら、5.90リンギットという一点に合わせている。そして300円の商品は、その3倍。物差しになっているのは原価ではなく、日本の値札なのだ。原価から積み上げる発想では、海外の値付けは読めない。
二つ目は、「日本」の運び方だ。看板には大きく DAISO JAPAN とある。ところが、私のベルトのタグの裏には「MADE IN CHINA」。注意書きは日本語、英語、ポルトガル語の3か国語で、輸入者の欄には「DAISO BRASIL」とある。中国の工場で、日本とブラジル向けに作られたタグが、そのままボルネオの棚に下がっているのだ。ボルネオのダイソーで、ブラジルの輸入者名を読む日が来るとは思わなかった。訳しもしないし、作り直しもしない。それでも、いや、だからこそ、日本のイメージが自然に浸透していく。手間をかけないことが、そのままブランドづくりになっている。見事なやり方だと思う。
三つ目は、均一価格の意味が、国によって違うということだ。日本の100円均一は、「安さ」の約束である。マレーシアの5.90リンギットは、「迷わなくていい」と「日本の品質」の約束に近い。同じ均一価格でも、売っている価値が違う。
四つ目は、組む相手の選び方だ。買ったのど飴に、レジで貼られた「SOLD」のテープには、小さく「Managed by Newniso」とあった。調べると、ニューニソー(Newniso Group)は、マレーシアで最初のダイソーのフランチャイズで、2008年から20店あまりを運営している。ほかに、マレーシア人の会長を置く Daiso Malaysia Group が73店(2025年時点)、クチンの2店はイオンが運営する「DAISO by AEON」だ。一つの看板を、三つの会社が分け合っているのである。賃料の高いモールに出るなら、地元の会社やモールの側と組むのが早い。
ダイソー・アナザー・デイ
007『ダイ・アナザー・デイ』をもじれば、ダイソー・アナザー・デイ。ダイソーで安く買うのは、また別の日、日本に帰ったときにしよう、という意味である。
ただ、私は後悔していない。ベルトは今日も、ちゃんと私のズボンを支えている。690円で、困りごとが一つ消えた。日本の倍の値段でも、困っているときに、そこにある。それが、店の本当の値打ちなのかもしれない。ポリウレタンだけど。