マレーシアより愛をこめて 第6回
ガスパール ピザに追いチリをかけてイタリアに謝る
ナポリ生まれ、
アメリカ育ち、本籍ペナン。
USピザに、イタリア人は何と言うか
Gamuda Coveのお昼どき。赤い箱に「US PIZZA」「THE PIZZA PROFESSIONALS」「Est.1997」。どこから見てもアメリカのチェーンだが、調べてみると、このピザ屋はマレーシア生まれだった。ピザの国籍は、イタリア、アメリカ、マレーシアの三重国籍。日本とマレーシアとシンガポールを行き来して暮らす身としては、妙に親近感がわく。
「US」の正体
創業者は、アメリカ人のDonald Duncan氏。1990年代のはじめにミズーリ州のピザ店で5年ほど修業し、独自の生地と「ダンカン・ソース」を編み出すと、1997年、何故か太平洋を越えてペナンで1号店を開いた。「US」は、修業した国への敬意なのだそうだ。
ピザのルーツはナポリでは?と、イタリア人の顔が浮かぶ。ただ、ピザを世界商品に育てたのは、イタリア移民が持ち込んだ先のアメリカだった。ナポリで生まれ、アメリカで国際化し、ペナンで現地化した。料理の本籍を決めるのは、生まれた場所より、愛された場所なのかもしれない。
日本人に、笑う資格はない
とはいえ、日本人も人のことは言えない。ナポリタンは横浜生まれ、天津飯は天津に無く、トルコライスもトルコでは出てこない。イタリア人がUSピザに眉をひそめるなら、ナポリタンには気を失うだろう。
料理に付く地名は、住所ではなく約束だ。ナポリタンは、まだ見ぬナポリへの憧れをケチャップで包んだ一皿だった。USピザの「US」も、ちょっと陽気なアメリカの味がしますよ、という約束なのだろう。
ペナンから全国へ
長くペナンの地元の店だったUSピザの転機は、2015年。子どもの頃の常連だったJeremy Hiew氏が、ブランドを継いだ。思い出の味を、自分で継いでしまったのだ。ファンの鑑である。
2019年にペナンの外へ初出店し、直後のコロナ禍では逆にアクセルを踏んで、1年で40店を開いた年もあったそうだ。今ではマレーシアとインドネシアで100店超。客席が閉じても、ピザには箱と配達がある。逆張りに見えて、理にかなった一手だった。
ランチは9.90リンギ
Gamuda Cove店のランチセットは9.90リンギ。日本円でおよそ380円(2026年10月の相場、1リンギ=約38.8円で換算)、ワンコインでおつりが来る。6種類ほどのピザから選べて、シナモンロール付き。ピザにシナモンロール、日本で言えばラーメンにライスだ。マレーシアのランチは遠慮をしない。
焼きたてらしく熱々で、正直とても美味しい。生地はふんわり系でクリスピーは選べず、パリッと派には少し寂しいものの、シナモンロールと並べるなら、これが正解なのかもしれない。
ちなみに、セランゴール州を含むマレーシアの最低賃金は、全国一律で時給8.72リンギ。このランチは、1時間とちょっと働いた分だ。円で見ると安くても、地元の時給で見ればそれなりの一食である。来年6月には最低賃金を月2,000リンギに上げる方針も示されていて、ランチの「重さ」は少し軽くなりそうだ。
追いがつおならぬ、追いチリ
味付けは基本的に甘辛で、どこかサンバルの気配がする。そしてピザには、追いチリソースと追いチリフレークの小袋が付いてくる。日本の料理番組なら「追いがつお」、マレーシアでは「追いチリ」だ。
この国は、最後の一手を食べる人が決める国だ。ママックにも屋台にも、たいていチリや調味料が並んでいる。いろいろな民族の舌が同じテーブルを囲む国の、合理的なやり方である。ドリアンのムサンキングに、即席麺インドミー、塩卵。イタリアのおばあちゃんが十字を切りそうなメニューも、ブランドの武器になってきた。
2軒隣に、本物のアメリカ
マレーシアでは、同じ業種の店が平気で隣り合わせに並ぶ。Gamuda Cove店も、2軒隣はピザハットである。
「US」を名乗るマレーシア生まれと、名乗らない本物のアメリカが、2軒を挟んでにらみ合う。しかもピザハットのランチは8.8リンギからと、USピザより1.1リンギ安い。最低時給とほぼ同じ値段だ。輸入ブランドが高いのが日本の常識だが、ここでは「US」の看板のほうが高い。看板代は1.1リンギ。値打ちを決めるのは、生まれた場所より、愛されてきた時間なのだろう。
商売の目で見ると
職業柄、学べることを三つだけ。
一つ目は、名前と中身の分け方だ。看板は「US」で輸入品の顔をしつつ、中身は甘辛と追いチリでマレーシアの舌に全振りする。日本企業がASEANで苦労するのは、たいてい「本場の正しさ」を手放せないところだ。日本の味を守ることと、日本のやり方を押しつけることは、まったく違う。
二つ目は、事業承継だ。日本には後継ぎの居ない名店が沢山ある。継ぐのは身内でなく、ファンでもいい。
三つ目は、競合の隣に出ることだ。経済学の「ホテリングの法則」では、浜辺のアイスクリーム屋は、結局どちらも浜のまん中に並ぶ。客は比べられる場所に集まるからだ。ただ、場所が近いと品ぞろえも似てきて、値下げ合戦になりやすい。2軒隣の二社は、場所は寄せても味は離している。立地は寄せて、味は離す。これが隣同士で共存するコツだろう。
この並び方は、タピオカでもママックでも、そしてコーヒーチェーンでも起きている。とくにコーヒーチェーンの並びっぷりは笑ってしまうほどなのだが、その話はまた次回に。
イタリア人に怒られたら
生まれた場所より、根を下ろした場所が故郷になる。日本とマレーシアとシンガポールを行き来して暮らす私にも、少し身につまされる話である。
もしイタリア人の友人に怒られたら、こう言うことにしよう。「これはピザではありません。USピザです。」ナポリタンについて聞かれたら、黙って追いチリをかける。