マレーシアより愛をこめて 第11回
黄色い皿を持つガスパール
1皿RM1.80の、
なんちゃって寿司
Sushi Mentai を、商売の目で食べてみた
ビントゥルで、回転寿司に入った。店の名前は Sushi Mentai。名前のとおり、何にでも明太マヨがのっている。皿は黄色が1.80リンギット、赤が2.80リンギット。日本人から見れば「なんちゃって寿司」だ。ところが、商売の目で見ると、これがなかなか、なんちゃっていない。
店の名前が、もう答え
看板には、漢字で「寿司明太」とある。名前のとおり、白身にも、海老にも、帆立にも、明太マヨがのっている。しかも炙ってある。名は体を表すというが、この店では、名が体を覆っている。
2011年創業の、マレーシア生まれの回転寿司チェーンだ。日本の会社ではない。
皿の色が、値段
値段は、皿の色で決まる。黄色が1.80リンギット(約70円)、赤が2.80リンギット(約110円)。サラワクの店には、青の3.70リンギット(約140円)もある。会計ではサービス料10%と税6%が乗るので、実際は2割弱高くなる。それでも、黄色い皿は1枚80円ほどだ。
驚くのは、この値段が動いていないことだ。2016年の記事でも、黄色は1.80リンギット、赤は2.80リンギットだった。その10年で、マレーシアの物価も人件費も上がった。皿の上だけ、時間が止まっている。
なんちゃって度チェック
レーンを回っているものを、いくつか紹介する。
- 海老天握り
- シャリに海老天。海苔の帯で留めて、マヨと青のり。味の方向は、たこ焼きに近い。
- でんぶ巻き
- 海老フライの巻き寿司に、とびこと、ふわふわのでんぶ(フロス)。見た目は、寿司というより毛布。
- 炙りサーモンの天かすのせ
- 炙ったサーモンに、マヨと天かす。サクサクで、こってり。
- メニューの異色作
- キムチ帆立、くらげのいなり、チーズ海老フライ、魚の骨の照り焼き、鮭の皮揚げ。
日本の回転寿司の職人が見たら、黙って皿をレーンに戻すかもしれない。私は、黙って食べた。
明太マヨは、とても明太子とは思えない。それなのに、なかなか美味しい。天かすは、揚げ物が上手なマレーシアらしく、カリッとしている。この明太マヨと天かすは、ほとんどの握りや巻物にトッピングとして選べる。これが、やみつきになる。
ひとつだけ、弱点がある。醤油の容器に「醤油ソース」と書いてあって、入れ物がどう見てもソースの入れ物なのだ。使うたびに、寿司にソースをかけている気分になる。
これはマレーシアの寿司全体のあるあるだが、シャリが、持ち上げた瞬間にバラバラになる。まるで火薬でも仕込んであるかのようだ。むしろ、よく座席まで壊れずに運んできたものだと感心する。食べるには、高度な技術が要る。
海苔については、同席した家族に「海苔の味がしない」と言われるまで、その存在にさえ気づかなかった。それくらい、香りも味もしない。寿司の邪魔をしないという意味では、優秀である。
もうひとつ、感心したことがある。頼んだ寿司は、皿を何枚も重ねた一番上に、まとめて山盛りで運ばれてくる。下の皿は空のまま、ただ積んである。会計は、その皿の色と枚数で数える。つまり、枚数さえ合っていれば、寿司がどの皿に乗っていても構わないのだ。一皿に一品という常識を、あっさり捨てている。テーブルは広く使えるし、運ぶ手間も減る。極めて合理的な発明である。日本人も、ぜひ見習ってほしい。
マグロではない、白マグロ
赤い皿のメニューに、「白マグロ(White Tuna)」がある。名前はマグロだが、海外の寿司店で「白マグロ」として出される魚は、マグロではなく、アブラソコムツなどの深海魚であることが多いと言われる。
アブラソコムツは、人の体では消化しにくい油(ワックスエステル)を多く含む。そのため日本では、1981年から販売が禁止されている。仲間のバラムツは、1970年からだ。食べ過ぎると、お腹が驚くことがあるらしい。ただ、この店の白マグロが何の魚なのかは、店の表示からは分からなかった。
肝心の味は、というと。脂がよくのっていて、目を閉じて、わさびと醤油で食べれば、案外、中トロのようだ。私は少しの勇気と敬意を持って、一皿いただいた。いまのところ、体調に変化は無い。気になる方は、ほどほどに。
一番うまかったのは、うどん
ここで、告白しておく。この寿司屋で一番美味しかったのは、うどんだった。
だしは、関東風の濃口でも、関西風の薄口でもない。甘じょっぱい、マレーシアの味だ。麺は安定の茹ですぎで、コシは無い。それでも、妙に美味しい。うどんのコシは、マレーシアに来るときに日本に置いてきた。慣れてしまえば、これが美味しいのである。
公平のために書いておく。サーモンと海老は、かなり美味しい。このご時世、日本の回転寿司チェーンでは到底かなわない味だ。日本でこのサーモンに会うなら、銀座まで行かなければならないと思う。
ただ、よく見ると、サーモンは炙ったものが多く、白マグロにも軽く火が入っているように見える。もしかすると、本当に生のネタは、ほとんど無いのかもしれない。暑い国で生ものの心配を減らす工夫だとすれば、これも合理的だ。
商売の目で見ると
職業柄、この店を商売の目で見てみた。学べることを四つだけ。
一つ目は、値段を絞ることだ。回転レーンの皿は、基本は二択、サラワクでも三択。客は迷わないし、店は皿の色を数えるだけで会計が終わる。メニュー表も、皿の色ごとに作れば済む。値段の種類が少ないことは、それだけで店の仕組みを軽くする。
二つ目は、原価を握ることだ。この会社は、回転寿司を始める前から、日本の食材の卸を30年近く続けてきたという。本人たちの説明では、だから品質と原価を抑えられるのだそうだ。10年同じ値段でいられる理由の半分は、ここにあると思う。もう半分は、明太マヨと天かすとでんぶだと、私は見ている。安い食材で満足感を足すトッピングは、原価の設計そのものだ。
三つ目は、場所の選び方だ。この店は、ショッピングモールではなく、住宅街に出る。家賃は安く、近所の家族が繰り返し来る。
ここで、マレーシアの寿司チェーンの勢力図を、店舗数で並べてみた。最大手の Sushi King は1995年創業で、国内に約130店、ハラール認証も取った。Sushi Zanmai は日本語の名前だが、2007年にマレーシアで生まれたチェーンで、東京の「すしざんまい」とは関係が無い。シンガポール発の Sakae Sushi は、かつてマレーシアに40店あったが、2024年末には2店まで減った。日本最大手のスシローは、2025年2月に KLCC で1号店を開け、2026年9月までに3店になった。
一番上には、高級なおまかせ寿司の店が沢山ある。その下に日本の本物、真ん中にはハラールの最大手。持ち帰り専門の Empire Sushi のようなチェーンもある。そして一番下の段を、黄色い皿が押さえている。日系の本命は、まだ3店。勢力図の上では、なんちゃって寿司の圧勝である。
四つ目は、増やし方だ。以前はフランチャイズを募集していて、加盟金は8万リンギット、ロイヤルティは売上の3%、販促費が2%、初期投資は約45万リンギットだった。インドネシアにも、この仕組みで店を出した。いまは新規の募集を止めている。それでも店舗一覧は、50番台まで進んだ。15周年の抽選会の景品は、トヨタの車だった。1皿1.80リンギットの店が、車を配る。単価は小さく、客数は大きく。商売の基本は、皿の上でも変わらない。
黄色い皿を持つガスパール
007『黄金銃を持つ男』の殺し屋スカラマンガは、1発100万ドルで仕事を請け負った。こちらは、1皿1.80リンギット。黄金ではなく黄色で、100万ドルではなく、80円ほどだ。それでも15年、同じ値段で皿を回し続けて、50店を超えた。
当然ながら、私は黄色い皿ばかりいただいた(ことにしておく)。
来週は、クアラルンプールの超高級なおまかせ寿司で、ビジネスランチの予定がカレンダーに入っている。勢力図の一番上と、一番下。比較が、今から楽しみである。その話は、近いうちに。
なんちゃって寿司、と書いて始めたが、訂正したい。ここは、なんちゃって寿司ではない。マレーシアの寿司だ。ついでに、うどんも。