マレーシアより愛をこめて 第1回
ガスパール、ASAIで朝食を
ご近所に、
タイのホテルがやってきた
まだ何もない街に、なぜASAIは来たのか
私の住むGamuda Coveに、タイのDusitグループが手がけるASAIブランドのホテルが出来た。13階建て、280室。9月15日にソフトオープンし、10月10日にグランドオープンを迎えた。住民として招待状を受け取ったとき、お祝いの言葉より先に浮かんだのは、失礼ながら素朴な疑問だった。なぜ、ここに?
- 開業
- 2026年9月15日ソフトオープン、10月10日グランドオープン
- 規模
- 13階建て、280室。ASAIブランドで最大
- 所有
- Gamuda Land(同社初のホテル開発)
- 運営
- Dusit Hotels and Resorts(ホテル運営受託契約)
- 立地
- 1,530エーカーのGamuda Cove内。1,111エーカーのPaya Indah Discovery Wetlandsに隣接
- 位置づけ
- ASAIの4軒目で、都市の街区以外では初。Dusitのマレーシア2軒目(1軒目はDusit Princess Melaka)
招待状を手に、首をかしげる
Gamuda Coveは、クアラルンプールの南、空港へ向かう途中にある新しい街だ。広い道路、手入れの行き届いた公園、ウォーターパーク。ここまでは実に立派である。ただ、その先はまだ湿地と造成地。新しいホテルの隣も、緑一色の湿地だ。それも1,111エーカー、東京ドームでいえばおよそ96個分の。
そんな場所に、タイの老舗ホテルグループが、自分たちのブランドで最大のホテルを開いた。普通に考えれば、随分思い切った賭けだ。私がDusitの株主なら、思わずIR担当に電話したくなるところである。ところが調べてみると、この「賭け」は見た目ほど単純ではなかった。まずは、そもそも誰がお金を出したのか。そこから見ていきたい。
お金を出したのは、誰か
ASAI Gamuda Coveは、地元マレーシアの不動産開発会社、Gamuda Landにとって初めてのホテル開発だ。2023年11月、Gamuda LandとDusitはホテルの運営契約を結んだ。建物を建てて持つのはGamuda Land。Dusitが担うのは、運営とブランドである。
レストランにたとえるなら、店を建てたのは地元の名士で、厨房を任されたのがバンコクから招かれた老舗の料理長、という構図だ。料理長は腕前と看板に責任を持つが、店の建築費を払うわけではない。
建物を持たずに運営を引き受けるこのやり方は、ホテル業界ではアセットライトと呼ばれ、ごく一般的だ。Dusit自身も、新しいホテルの多くを運営受託の形で増やしてきた。建設のリスクや、開業直後の客足が読めないリスクは、主に建物の持ち主が負う。
つまりDusitにとってこれは、「何もない土地への大型投資」ではない。地元の有力デベロッパーと組んで、マレーシアでの2軒目の足がかりを手に入れた案件だ。賭けているのはお金ではなく、看板。評判という、ある意味ではお金より取り返しのつかないものを賭けている、とも言える。
家より先に、遊び場ができる街
では、建物を持つGamuda Landのほうは、なぜ住民がまだ少ない段階でホテルを建てたのだろうか。ここに、この街の創り方の面白さがある。
Gamuda Coveの開発が始まったのは2018年。総開発価値200億リンギ、完成は2038年という長丁場の計画だ。普通、新しい街は、家が建ち、人が住み、それからお店や遊び場が出来る。ところがGamuda Landは、2019年に遊び場のDiscovery Parkを先に開け、2023年にはウォーターパークのSplashManiaまで開業させた。最初の住人が引っ越してくる頃には、もう遊び場が待っていたわけだ。子どもなら大喜びの順番である。
人が住む前に、人が来る理由を創る。業界ではプレイスメイキングと呼ばれる考え方で、二つの施設の来場者は累計100万人を超えたそうだ。
ホテルは「屋上遊園地」かもしれない
この流れで見ると、ホテルは単体で儲けを競う建物というより、街の集客装置だ。昭和のデパートの屋上遊園地を思い出して頂くと、分かりやすいかもしれない。観覧車そのものがどれだけ儲かっていたかはさておき、家族連れがデパートへ足を運ぶ立派な理由になっていた。
Gamuda Landにとっての本当の勘定は、ホテルの損益ではなく、まだ売っていない区画をどれだけ早く、どれだけ良い値で売れるかである。泊まれる街になれば、日帰りの行楽地は「滞在先」に格上げされる。そして「国際ブランドのホテルがある街」という一行は、住宅の販売パンフレットの中で、なかなかの働きをするはずだ。2026年中には商業街区のBay Street、2027年にはスーパーのJaya Grocerを核にした複合施設Cove Centrumも控えている。ホテルは、その露払い役でもあるわけだ。
なぜDusit Thaniではなく、ASAIなのか
Dusitには、最上級のDusit Thaniをはじめいくつものブランドがある。その中から選ばれたのが、手頃な価格帯のライフスタイルブランド、ASAIだった。部屋の構成を見ると、なるほどと思う。
一人旅や二人向けのコンパクトな部屋に加えて、二段ベッドの部屋がある。2部屋続きで6人まで泊まれるファミリールームもある。これはどう見ても、ウォーターパークで一日遊び倒した家族のための構成だ。想像してみて欲しい。磨き上げられた大理石のロビーに、はしゃぎ疲れた子どもが6人。誰も幸せにならない。
コワーキングスペースや100人規模の会議室もあって、サイバージャヤやプトラジャヤの仕事の需要もきちんと拾えるようになっている。
店名にも、ちょっとした遊び心がある。オールデイダイニングの名前は「Nasi & Khao」。Nasiはマレー語で「ご飯」、Khaoはタイ語で「ご飯」。つまり「ご飯とご飯」だ。日本の定食屋が「めし&ごはん」と看板を出すようなものだろうか。マレーシアとタイの家庭料理を一つの食卓に並べる、という宣言を、これほど短く言い切った店名はなかなか無い。
朝から夜遅くまでお茶と軽食を出すTea Shopは、住民の集まる場所としても位置づけられている。大きなモールもスーパーもこれからという街では、ホテルのラウンジが住民の居間になる。一住民としては、むしろそこに期待している。
ブランド側の事情もある。ASAIはこれまで、バンコクの中華街や京都の四条といった、個性の濃い街なかにばかり出てきたブランドだ。Gamuda Coveは、そのASAIが初めて都市の外に出る案件で、自然豊かな立地向けに広げた「ASAI Tropical」モデルの第1号でもある。いわば、都会っ子の初めての田舎暮らし。フィリピンでも自然寄りの立地での開業が控えているから、ここはその試金石なのだろう。
「何もない」は、誰の目線か
ここで、地図を眺め直してみる。Gamuda Coveは街としてはまだ若いが、場所としてはなかなかのものだ。KLIAまで車で約20分、セパン・サーキットも約20分、KL中心部までは約40分。高速道路ELITEを挟んだ向かいは、もうサイバージャヤである。
開業の段取りも絶妙だった。当初は2026年第1四半期の予定だったが、ずれ込んで9月15日にソフトオープン。その17日後、セパンには9年ぶりにF1が帰ってきた。怪我の功名か、深謀遠慮か。そしてF1の熱気が落ち着いた10月10日に、満を持してのグランドオープンである。静かに扉を開けて慣らし運転をし、大イベントで名前を売り、落ち着いたところで正式にご挨拶。これ以上ない順番だ。この先は、空港の需要、家族のレジャー、近くのビジネス客、そして増えていく住民で稼働を支えていく。需要を一段ずつ積み上げていく設計に見える。
都心から見れば「郊外の造成地」。空港から見れば「いちばん近い滞在先の一つ」。同じ土地でも、どこから地図を見るかで、意味はがらりと変わる。
私がここに住んでいる理由(予告編)
実は、私自身がこの街に住んでいる理由も、この地図の上にある。
サイバージャヤに通い始めたのは2011年、データセンター事業の関係だった。シンガポールに住んでいた頃も行き来を続け、その後4年間は実際にサイバージャヤに住んだ。IT特区として街が育っていく様子も、朝の鳥の大合唱も、リスとの暮らしも、たっぷり味わった。まあ、満足である。ただ、街が成熟した証というべきか、渋滞も立派に育った。
Gamuda Coveは空港により近く、高速道路の巨大な出入口があって、KL市街へもサイバージャヤより早く出られる。そのサイバージャヤとはサイバーリンクで直結していて、10分ほど。慣れ親しんだインフラは、そのまま使い続けられる。スープの冷めない距離、というやつだ。引っ越したというより、実家の近くに離れを建てた、くらいの感覚である。
そして何より、伸びていく街は住民に活気があって、可能性に満ちている。私はこの街を拠点に、マレーシアでの事業への投資も予定している。このあたりは話しだすと長くなるので、いずれ別の回で。
持たずに出ていく、という選択
KLから空港へ延びるこの一帯に暮らしていると、「先に何かが建つ」光景を何度も目にする。そのたびに思うのは、新しい市場に出ていくとき、必ずしも全部を自前でそろえる必要はない、ということだ。
Dusitがマレーシアに持ち込んだのは、建物ではなく、看板と運営の腕前だった。それを必要としていたのが、街の価値を上げたい地元のデベロッパーだった。持っている人と、欲しい人。縁談でいえば、条件の釣り合った良縁である。このホテルは、その縁がまとまったところに建っている。日本企業がASEANに出ていくときにも、この組み立ては十分に使えるはずだ。
答え合わせは、お茶でも飲みながら
グランドオープンを終えた280室が、これからどこまで埋まっていくのか。Bay StreetとCove Centrumは予定どおり開くのか。Dusitは、10月予定のイポーでの開業も含めて、マレーシアでの展開をどこまで広げるのか。答え合わせはこれからだ。
幸い、こちらはご近所である。Tea Shopでお茶でも飲みながら、のんびり見届けることにしよう。取材費がお茶代で済むのは、ご近所の特権だ。このコーナーでは、そんな育ちざかりの街の眺めを、これからもお届けしていく。