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マレーシアより愛をこめて 第17回

2026年ガスパールの旅

お弁当箱ほどの530万円のMacは、
高いのか

経営者の目で見ると、分身は安い

10月28日、Appleが新しいMacを発表した。512GBのメモリを積んだMac Studioは、最大構成で532万3,800円。有機ELのMacBook Proも、フル装備で約258万円だ。アメリカでは「新車のトヨタ・カムリが買える」という声まで上がった。高い。だが、経営者の目で見ると、話は少し違ってくる。

部屋の壁一面に配線と装置が並ぶ、ENIAC
1946年に公開されたENIAC。重さは約30トン。お弁当箱には、どう頑張っても入らない。 Photo: U.S. Army Photo, Public domain, via Wikimedia Commons

先に断っておくと、Mac StudioもMacBook Proも、本来はクリエイターの道具でもある。DaVinci Resolveで8K映像を仕上げ、Pro Toolsでトラックを重ね、Lightroom Classic(名前は「クラシック」だが、れっきとした現役)で何千枚も現像する人には、また別の理屈がある。私も写真家の端くれなので両方の目で見ているが、この回は経営者の目に絞る。写真家ガスパールの言い分は、また別の回で。

パソコンの「パーソナル」が変わった

1940年代から60年代、コンピューターは国や大学や大企業のものだった。ENIACは、プログラムを変えるたびに配線をつなぎ替えた。アプリを入れ替えるたびに、家の電気工事を頼むようなものだ。

1975年、シリコンバレーのガレージに、ホームブリュー・コンピューター・クラブの面々が集まり始める。地ビールを仕込むように部品を持ち寄り、自分のコンピューターを組む人たちだ。会員のウォズニアックが組んだ基板は、アップルの最初の製品として666ドル66セントで売り出された。悪魔の数字だが、530万円よりはずっと良心的である。

赤と青の扉が並ぶ、IBM System/360の本体と操作盤
IBM System/360(コンピューター歴史博物館)。1バイト=8ビットという流儀を世に広めた機械だ。512GBの「B」も、元をたどればここに行き着く。社員より良い部屋に住んでいた。空調完備で。 Photo: Erik Pitti, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons
ベージュの本体にキーボードとマウスが付いた、1984年のMacintosh
1984年のMacintosh。メモリは128KBで、2,495ドル。1KBあたり約20ドルだった。512GBのMac Studioは、1KBあたり約1銭。530万円は、実は大安売りなのだ。 Photo: Sailko, CC BY 3.0, via Wikimedia Commons

やがてクラウドの時代が来て、頭脳は遠くのデータセンターへ引っ越し、手元のパソコンは窓口になった。

サーバーラックが何列にも並ぶデータセンター
データセンター。クラウドとは、要するに他人のコンピューターのことである。家賃は毎月、トークン代として請求される。 Photo: Carl Lender, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons

そして今、頭脳がもう一度、机の上に戻ってきた。子どものお弁当箱ほどの、一辺20センチほどの箱だ。その中のAIは、メールに返信案を書き、予定を組み替え、請求書を仕分け、ほかのAIと仕事を分担する。窓口ではない。部下を持った同僚だ。しかも相談の中身は、机の上から出ない。

青い外装のラックが整然と並ぶ、スーパーコンピューター富岳
スーパーコンピューター「富岳」(理化学研究所)。最先端の計算は、今も体育館ほどの広さが要る。お弁当箱との差は、言うまでもない。 Photo: Barsaka2, CC0, via Wikimedia Commons

変わったのは、値段の比べ相手だ。昔はほかのパソコンと比べた。今、530万円のMac Studioの比べ相手は、人の給料である。

ついでに重さでも比べてみる。14インチのMacBook Proをフル装備にすると、約1.3キロで250万円ほど。1グラム約1,900円だ。金は今、1グラム2万円を超えている。貴金属として見れば、なかなかのお買い得である。

Apple Storeの構成画面。16インチMacBook Pro、M5 Max、128GBユニファイドメモリ、16TBストレージ、2,576,800円
試しに最大まで組んでみた、有機ELの16インチMacBook Pro。257万6,800円。16TBは、フロッピーディスクで約1,100万枚分。積み上げれば約37キロ、成層圏に届く。ノートパソコンというより、ノートの形をした不動産である。 画像:Apple Store(apple.com)の構成画面のスクリーンショット

会社のボトルネックは、たいてい社長

経営者が本当に欲しいのは、もう一人の自分だ。28年ほど会社を経営してきて身にしみたのは、会社のボトルネックは、たいてい経営者だということ。頭の容量と判断の速さと体力が詰まると、会社全体が詰まる。振り返れば、詰まっていたのは、たいてい私だった。

緑色のガラス瓶の、細くくびれた首の部分
ボトルネック。中身がどれだけ良くても、出口が細ければ流れない。会社の場合、この首には、たいてい社長の顔が付いている。 Photo: Ralf Steinberger, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons

だとすれば、一番効く投資は、経営者の頭を増やすことだ。530万円は、その栓抜き代である。

人を雇うより、安い?

優秀な右腕を雇えば、給料に社会保険や席代が乗り、引き留めにも手間がかかる。530万円のMac Studioを5年使えば、月9万円弱。休まず、転職せず、伝えたことは記録に残る。人を減らす話ではない。人にしかできない仕事に、人の時間を回す話だ。

Apple Storeの構成画面。M5 Ultra搭載Mac Studio、512GBユニファイドメモリ、16TBストレージ、5,323,800円
最大まで組んだMac Studio。532万3,800円。出荷まで10〜12週間。分身にも、順番待ちがある。 画像:Apple Store(apple.com)の構成画面のスクリーンショット

これでもFinal Cut ProもLogic Proも付けず(本物のプロは、どのみち使わない)、AppleCare+にも入らない、いちばん質素なフル装備だ。24回払いなら月22万1,825円。秘書を一人雇うより、たぶん安い。正直、手に入れたいところだ。

分身の、ほかの取り柄

分身は寝ないので、時差がない。日本とマレーシアと、世界を飛び回る仲間とのあいだで、仕事が夜通しつながる。時差ぼけするのは、人間だけだ。人が辞めれば知恵も出ていくが、分身は辞めない。日本語、英語、中国語、マレー語の書類も、その場で読み書きする。

手元で動くAIは、外の事情にも振り回されにくい。トークン代は下がり(ゼロにはならないが)、クラウドの値上げや規約の変更にも左右されにくい。4台つなげば、分身は4人に増える。芥川龍之介は、自分のドッペルゲンガーを見たと語ったと伝えられる。4人の自分との会議は、ほどほどにしておきたい。

白い壁に囲まれた、誰も座っていない会議室のテーブルと椅子
誰もいない会議室。会議は踊る、されど進まず。分身を座らせれば、少なくとも踊りはしない。 Photo: Breather, CC0, via Wikimedia Commons

一人で回す会社

実際、ほぼ一人で会社を回す経営者が現れている。Base44のマオール・シュロモ氏は、一人で作ったサービスを、6か月でWixに8,000万ドルで売った。オンライン診療のMedviは、従業員1〜2人で売上4億ドルを超えたと報じられている。

屋外テラスのテーブルに置かれた鞄とノートパソコン
本日の本社。一人の会社の本社は、テラスのテーブル一つで足りる。家賃は、コーヒー1杯分だ。

実は、私の会社もこれに近い。正社員は0人。机の上では、M5 MaxのMacBook ProとM3 UltraのMac Studioが働いている。どちらも全部盛りだ。仕事柄、と言い訳はするが、機械に関しては昔から我慢が利かない。外では13インチのMacBook Airを、机の上の分身に話しかける窓口にしている。昔とは、立場がきれいに逆転した。

人間の仲間もいる。中国語や英語を流暢に話すパワフルな女性たちが、世界を飛び回りながら、リモートで手伝ってくれる。分身が作業し、仲間が人と会い、私が決める。正直に言えば、会社を回しているのは、たぶん彼女たちのほうだ。530万円のMacは、つまり分身の後輩である。

それでも、弱点はある

鏡に囲まれた中で、無数の光が奥へ奥へと映り込んでいる
合わせ鏡の中の光。ナルキッソスは、水面に映る自分に見とれて動けなくなった。分身に相談しすぎる経営者も、だいたい同じ末路をたどる。 Photo: The Sophocrat, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons

まず、視野。自分そっくりの分身は、自分と同じところで見落とす。そしてガバナンス。経営者が裸の王様になっても、分身は「裸だ」とは言わない。船頭多くして船山に上る、という。船頭が一人なら、船は山には上らない。そのかわり、座礁しても誰も教えてくれない。

経営者が倒れれば、分身も止まる。陳腐化も速い。M5 MaxのMacBook Proが出た7か月後に、有機ELの新型が出た。ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの型番にあらず。

人も育たない。そして、会社を売りにくくなる。経営者と分身でしか回らない会社は、買う側から見れば、中身が経営者の頭そのものだ。一子相伝の秘伝のたれは、店ごとでなければ売れない。

弱点も、埋まりつつある

電子部品が並ぶ回路基板の接写
未来の社外取締役。会食には来ないが、遠慮もしない。 Photo: Ingo Dierking, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

視野には、作った会社の違う複数のAIに議論させる手がある。社外取締役を何人も雇うようなもので、しかも会食を求めてこない。ガバナンスには、AIの権限を絞って記録を残し、お金や契約には必ず人間の承認を挟む。分身に、ハンコとsudoだけは渡さない。面の支えには、役割の違うAIのチーム。分身が、部署になる。それでも、最後に責任を取るのは人間だ。

商売の目で見ると

ここから学べることを三つ挙げておく。一つ目、道具の値段は比べる相手で決まる。二つ目、分身は自分の弱点まで写すので、違う視点を外から足す。三つ目、任せる作業と手放さない判断を、先に分けておく。この線を引いてから買えば、530万円は高くない。

2026年ガスパールの旅

月の地平線の向こうに昇る地球
アポロ8号から撮影された「地球の出」(1968年)。『2001年宇宙の旅』の公開と同じ年だ。この頃、HALはまだ、誰の稟議も止めていなかった。 Photo: NASA/Bill Anders, Public domain, via Wikimedia Commons

映画『2001年宇宙の旅』では、宇宙船のAI、HALが人間の命令を拒む。ちなみに、HALの文字を一つずつ後ろにずらすと、IBMになる。作者は偶然だと言っている。

では、530万円のMac Studioの稟議を、ガバナンス担当のAIに回したらどうなるか。BGMに『ツァラトゥストラはかく語りき』を流し、経営者目線では安い、という理屈もきちんと添えて。返事は、たぶんこうだ。

"I’m sorry, Gaspard. I’m afraid I can’t do that."

ガバナンスは、ちゃんと機能している。分身にしては、なかなか優秀だ。

参照した資料

  1. Apple Ch.「Apple、512GBのユニファイドメモリ搭載の『Mac Studio (M5 Ultra)』を発売。価格は3,973,800円から。」(2026年10月29日). applech2.com
  2. Apple Ch.「Apple、タッチ操作が可能なPROLED XDRディスプレイやM5 Pro/Maxチップを搭載しDynamic Islandに対応した『MacBook Pro』を発表。」(2026年10月29日). applech2.com
  3. MacRumors「Mac Studio With M5 Ultra Now Available With 512GB RAM for $22,299」(2026年10月28日). macrumors.com
  4. Wikipedia「Mac Studio」(最大4台の接続). wikipedia.org
  5. コメ兵「2026年 金買取相場価格の推移」(2026年の金の価格の水準). komehyo.jp
  6. iPhone Mania「M3 Ultra搭載Mac Studioを668,800円で発売」(2025年3月、最大構成2,183,800円). iphone-mania.jp
  7. SKEG「M5 Pro/M5 Max MacBook Pro」(16インチM5 Maxのフル構成は100万円超). blog.skeg.jp
  8. PYMNTS「The One-Person Billion-Dollar Company Is Here」(2026年4月3日、Medvi). pymnts.com
  9. 「The Unicorn of One: How AI is Redefining the Limits of the Solo Founder」(Base44、Medvi). medium.com

画像:ARL ENIAC 01:Photo: U.S. Army Photo, Public domain, via Wikimedia Commons / IBM System360 Mainframe:Photo: Erik Pitti, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons / Computer macintosh 128k, 1984 (all about Apple onlus):Photo: Sailko, CC BY 3.0, via Wikimedia Commons / Datacenter Server Racks (22370909788):Photo: Carl Lender, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons / RIKEN R-CCS Fugaku:Photo: Barsaka2, CC0, via Wikimedia Commons / Lonesome bottle neck. (33778004743):Photo: Ralf Steinberger, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons / Quiet meeting room (Unsplash):Photo: Breather, CC0, via Wikimedia Commons / Infinity mirror dodecahedron:Photo: The Sophocrat, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons / Macro circuit board:Photo: Ingo Dierking, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons / NASA-Apollo8-Dec24-Earthrise:Photo: NASA/Bill Anders, Public domain, via Wikimedia Commons

製品画像:Apple Store(apple.com)の構成画面のスクリーンショット。価格は2026年10月時点の日本のApple Storeの税込価格。本稿は公開情報をもとにした筆者の見解です。